↑この中にウチ猫1がいます。さて、どこでしょう!
いやいやいや
かつての汚部屋を世間に披露する日が来るとは・・
みなさま、さぞかしご気分を害したことと思います。
それでは思いっきり深呼吸をしてください。
用意はいいですか?
それでは、3、2、1!

吸ってぇ~
吐いてぇ~
ついでに畳の上でゴロゴロ寛いでください。
皆様こんにちは。「整えびと」のまりぶです。前々回の「仕事の奇跡」
で心の荷物が軽くなりましたが、今回は物理的な空間の変化について綴ります。
30年間「足るを知る」に憧れながらもモノを溜め込み、片付けてもリバウンドしてしまう自分にうんざりしていました。
しかし、2年間かけてモノを手放し続けた結果、私の家は劇的に変わりました。これは単なる「片付け」ではなく、私の視界と心のリフォームと呼ぶにふさわしい変化だったのです。
1、物理的なリフォーム:大きな家具の断行
「大きな家具もサヨナラ」できた理由と、空間に生まれた解放感
※物理的なリフォームと言っても、家の改修、修繕ではありません。
写真にあるようなまあまあ大きな家具、他にも学習机や数ある収納用品をサヨナラできました。
その理由は、モノを減らしていくうちに不要になってしまった、というのが大きな要因です。
結果、深呼吸ができるような空間が手に入りました。
以前の私は、どんなに片付けようとしても部屋がすっきりしなかったんです。
まるで、『モノの量が減っても、なぜか部屋が散らかっている』という物理法則に逆らう現象が起きているかのようでした。
しかし、本気で手放したら、空間は広くなり、すっきり見えるという当然の物理法則に逆らっていなくて安心しましたよ。
写真の和室も畳の良さが蘇り、その上でゴロゴロ転がることの楽しさ、風が部屋を通り抜ける心地よさを味わっています。
モノの住所だった家具を減らすことで、「空間そのもの」を楽しむという、とても贅沢な価値に気づきました。
モノがなくても十分楽しむことはできるんですね。
2、視界のリフォーム:家がちょっと好きになったかも
「どこでも誰にでも見せられるはず」...たぶん(控えめな自信)
以前は写真の和室をはじめとする「ここだけは開けられない/見せられない」場所がありましたが、それが格段に減りました。
私は、片付けるのは好きなはずで、収納上手なはずと自負していたにもかかわらず、この和室は必ず物置部屋になってしまっていました。
きれいにしても、また元に戻るんです。
今思えば、この部屋があるからこそ、他の部屋の「秩序だった見た目」が保たれていたのかもしれません。
(※つまり物置部屋として必要不可欠な部屋だった。)
そして視界から雑多な情報が減ったことで、脳の疲労が軽減され、家という空間が「休息の場」へと変わった気がします。
以前より家にいる時間が増えたんです。
古いとか、暗いとか、使いずらいとか、自分の住まいに対して文句ばかり言っていましたが、今は家がちょっと好きになったかもしれません。
いつでもどこでも開けていただいて大丈夫!
なはずです!
3、心のリフォーム:モノを減らして得た「余白の定義」
空間の余白が心の余白へ、私を導いた連鎖
モノがないとまず、掃除が楽です。
以前はモノをどかしながら掃除機をかけたり、棚の上の埃を取っていました。
モノが多いとそれらに付着した埃を払うのはかなり手間で、飾り物はいつもうっすら埃の雪を被っていました。
しかし今は、掃除機は快適に動かせますし、棚の上もハンディモップで撫でれば終わりです。
こうして【空間の余白】から 【時間の余白】が生まれました。
つまりやらないといけないことにかかる時間が減るわけなので、忙しさも減るわけです。
そうすると頭の中のタスクも減り、思考が整理され【心の余白】が生まれます。
心に余白が生まれるということは、新しい何かをやる気が起こったり、何かを楽しむという余裕が生まれます。
こうして、モノを減らすことで心の変化が生まれるんだなぁと身をもって知りました。
心というのは目に見えず、自分でコントロールすることも難しいです。
ですが、モノという目に見えるものを減らすことで、確実に心に変化が訪れます。
そしてモノの管理から解放されることが、ストレスの軽減と自己肯定感の向上という、精神的なリフォームに繋がったと感じています。
今回は
【空間の余白】:モノがない → 掃除が楽 → 【時間の余白】:忙しさが減る → 思考が整理される → 【心の余白】が生まれる。
という流れをご紹介しましたが、他にも様々な要因から心の余白は生まれます。
それらについても今後お話しできたらと思います。