
みなさま、こんにちは。
整えびとのまりぶです。
今日は、世間の物差しで測るとかなりはみ出していた、父の話をさせてください。
父は十五年前に他界しました。
ひと言で言えば――規格外。
悪い意味ではありません。取扱説明書がなかった、という意味です。(笑)
ある朝、出勤途中の交差点で大型トラックに衝突され、軽トラごと吹き飛ばされました。
車は大破。父は脳内出血と複雑骨折。全治半年。
救急病院に運ばれ、看護師さんが必死に問いかけます。
「これ、わかりますか?」(指を一本立てる)
父:「おお、きれいな指じゃ。」
「ふざけないでください!これは?」(二本)
父:「ピース。」(自分も二本)
「お名前は?」
父:「みうらともかず。」
「奥さんの名前は?」
父:「ももえ。」
……重傷患者が昭和スターで遊んでいます。
父いわく、救急隊員から病院スタッフまで、会う人ごとに同じ質問をされ続け、まじめに答えるのに飽きたのだとか。
私が駆けつけたとき、顔色は悪く、正直、「覚悟」という言葉が頭をよぎりました。
そのときの第一声がこちらです。
「ワシ、母さんの弁当食っとらん。腹減った。」
痛みより空腹が勝つ神経。
娘の食欲はきれいに消えました。
父は、そういう人でした。
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しばらくは個室の病室で、ほとんど身動きの取れない日々が続きました。
白い壁、白い天井、白いシーツ。
まるで小さなホワイトボックス。
ある日、父が手帳と鉛筆を持って何かを書いていました。
「何してるん?」
「俳句、作りよる。」
思わず笑ってしまいました。
「こんな何もないところで?」
父は窓の外を見ながら言いました。
「空が見える。山が見える。田んぼが見える。人が働いとる。十分じゃ。」
その瞬間、胸の奥で何かが静かに動きました。
ああ、この人は“ない”を見ていない。
“ある”を数えているのだ、と。
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小さな病室。
持ち物は必要最低限。
体の自由も、ほとんどない。
条件だけ見れば、不自由のかたまりです。
けれど父は、状況を嘆くよりも
「どう過ごすか」
「何が見えるか」
に目を向けていました。
何もない、というのは
本当に何も存在しないのではなく、
余計なものが削ぎ落とされている状態なのかもしれません。
削ぎ落とされると、視界が澄む。
白い壁があるから、空の色に気づき、
動けないから、風の変化に気づく。
暇があるから、人の営みを眺められる。
そしてそこから、言葉が生まれる。
私はあのとき初めて、
「少ないことは、弱さではない」
と知りました。
むしろ、感受性を研ぎ澄ませる条件なのだと。
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私たちはつい、足りないものを探します。
もっと広さがあれば。
もっと時間があれば。
もっと余裕があれば。
けれど父の病室は静かに教えてくれました。
豊かさとは、足すことではなく、
見えるようになることなのだと。
少ないもので暮らすことは、
我慢ではありません。
削ぎ落とした先に残ったものを、
ちゃんと味わうこと。
あの白い部屋で俳句を詠んでいた父は、
きっとあの瞬間、誰よりも自由でした。
あれが、私にとっての
ミニマリズムの原風景です。
空と山
田畑を見れば
風知れる